来 歴


どちらも私


赤い花が咲くだけが春だろうか
春は希望だと思いこんできたが
実はもっと空たかく咲きたい
さびしい悔恨だったかもしれない
そして
華やかに生きるだけが人間だろうか
人間にはくらい路地を通りぬけ
もっと荒涼たる町だけを
選ばねばならぬ別の理由もあるはずだが

だから
ひとりの私は
あなたの背中に手をまわして
やさしいふりなどをしてみせるが
ぐちのありったけを話あって
秘密をすっかりわかちあったつもりだが
私のもうひとりの私は
決してここにはやって来ない
群衆の屈託のない足並みや
明るい歌声に背を見せて
向こうのほうを歩いている
親切で涙もろくて
おまけに浮気で派手な群衆から
きっぱりと縁を切るためには
いつも敵の真正面へ出て行くがいい
憎悪のひとつひとつと手を結ぶがいい
たがいに和解するけはいもない
あわれな私のふたつの存在よ
私はやさしい共犯者とよばれようか
それとも勇ましい落伍者に徹しようか
もしかしたら
これさえも仮面にすぎぬかもしれぬ

今私が歩き疲れているのは
首都の廃墟の中
いつ明けるかわからない
巨大な夜がめぐる後から
歌もなく声もなく
私の繃帯だらけの思想が通って行く

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